その親切心がHSP気質の心を深く傷つけた
こんにちは
ことねです
昨日HSPの人が読書をすると…
なんてお話をしました
私がこのことを知った時は読後の感情の振り回され具合とか引きずり具合に納得できて、「これは悪いことじゃないしダメなことじゃないんだ」って思えたわけですが
ただこのことを知って悩んだのはお薦めの本を紹介することでした。
いわゆる感情が動きやすい自分にとってはどの小説も私を一喜一憂させてくれるし喜怒哀楽なんて簡単に感じさせてくれますが、そうじゃない人にとっては対して感情が動かされない内容かもしれない。
ただ物語に限らずですが、物事の捉え方は人によって違います。人の数だけ想いが生まれるし、感情が生まれる。そう考えれば大したことじゃないはずなんですが、がっつりHSP気質な私はそこで気にし過ぎてしまって人に本を渡すことが以前よりしにくくなりました。
今は少し前よりか戻りつつありますが前ほど純粋に人に本を勧められなくなってしまいました。
HSP気質という存在を知って読書というものを改めて受け入れられるようになったと思ったら
知ったことで今まで気にならなかった悩みが出てしまっていました。
こんなものなんでしょうか。
何かを得れば何かを失うなんて言葉は聞いたことがありますが、これもそういうことなのかな。
あとはHSPって別に公表することでもないのかなって思ったりします。
もちろんこの気質を持ってる人って、周りからの思われ方や、人の感情、動き、五感で感じる何かに敏感に反応して生きづらさを感じているからわざわざHSPであることを宣言する人ってそんなにいないと思うのですが
以前の職場では、私は周りから想像以上にこのことについて指摘されていました
あなたHSPじゃない?
この辺の項目当てはまるんじゃない?
絶対HSPだよ!
だからそんな悲しすぎちゃうんだ~
いやー納得したわーー
なんて日常茶飯事。
休憩中に人が集まって、一つずつ項目にチェックをさせられたこともありました。
私がHSPだと思うなら、その行動で私が落ち込むことを知ってほしい笑
わざわざHSPだと公言しません。
そうやって周りから言われるのが嫌だからです
けれど言わなくても言われてしまう。
その人たちにとっては何気ない、下手したら親切なのかもしれないけどそういう言葉や行動に深く心を握りつぶされてしまったような気持ちになりました。
生き辛いですね。
気にしないなんて無理で
でも気にしたかなんかなくて
そんな葛藤を紛らわしてくれるのは
私にとってはやっぱり読書でした
物語に入り込んで
思う存分心振り回されて
ようやく現実に心ごと戻ってこれた時に
感想が浮かんでくる。
あの感覚が、大好きです。
小説に出会えてよかった
今日はこの辺で。
ではまた。